とくよしみねの「なぜ生きる」

「私はなぜ生きるのか、何のために生まれてきたのか、どこに向かっているのか、そして、どう生きるべきなのか」これらの問題について仏教および浄土真宗を基に気ままに思いつくまま書きます。  mail:aim_in_life(アットマーク)hotmail.co.jp

なぜ生きる

 私はなぜ生まれてきたのか。

 

 気がついたらこの世に生を受けていました。

 何も分からないまま、教えられるまま、生きてきました。

 自分の欲望のまま生き、自分の欲望を妨げられると怒り、常に自分が中心で生きてきました。人のために何かすることが尊いと教えられ、「そうか」と思いながら人のために生きようとしてみましたがとても無理でした。心から他人を尊いと思うことが難しくて出来ませんでした。

 とにかく私が宇宙の中心で、私を中心に回っているくらいにしか考えていませんでした。それでも満足することが無く、いつも欲求不満で漠然として何かに対して怒りややるせない気持ちを持っていました。

 一方で自分に自信が無くコンプレックスの塊なのにプライドは人一倍強く、そんなところが自分でも嫌で自己嫌悪に陥ることもありました。外面を良くし、内面を隠し、本当の自分を押さえつけようとしても、やはり心から満足することがありませんでした。

 とりあえず世間の価値観に従って生きるしか無いと思い、訳も分からず生きていました。

 結局、何のために生きているのか、どう生きれば良いのか、全く分かりませんでした。

 

 そんな時、浄土真宗親鸞会と出会い「人生の目的は後生の一大事(死後の解決をしないと地獄に落ちると親鸞会では言われている)を解決して、絶対の幸福(死が訪れても絶対に崩れない幸せ)になること。」だと教えられました。そのためには「無二の善知識、高森顕徹会長の説く話を聞いて聞いて聞き開くこと。」だと。

 絶対の幸福になるためには宿善を厚くする必要があると教えられました。聞法が一番大事ですが、特に、法施((破邪顕正)会員を増やすこと)と財施(会の為にお金たくさん出すこと)は宿善を厚くすると教えられその通りにやろうと頑張り始めました。

 ところがやろうとしても専任講師(親鸞会の布教師)の方のようにすべてを投げ打って出来るわけでは無く、かといって後生の解決を放っておくことも出来ず、とりあえず聞法を続けることしか出来ませんでした。そして、どれだけ頑張っても終わりが無く、答えも得られませんでした。今生で絶対の幸福になるのはあきらめかけ、なにかおかしいと思いかけているところに浄土真宗親鸞会の間違いを教えてくださる人に出会い、やっとマインドコントロールされていることに気がつきました。

 その後正しい浄土真宗のみ教えにより、本当の阿弥陀様のご本願に遇うことが出来、私の迷いの打ち止め(いろいろ説明は必要ですがとりあえず)をさせていただきました。

 そして「なぜ私は生きるのか」について再度考え直そうと思いました。

 

 私は、なぜ生きるのか。

 

追伸

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