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とくよしみねの「なぜ生きる」

「私はなぜ生きるのか、何のために生まれてきたのか、どこに向かっているのか、そして、どう生きるべきなのか」これらの問題について仏教および浄土真宗を基に気ままに思いつくまま書きます。  mail:aim_in_life(アットマーク)hotmail.co.jp

無宿善の機

いろんな人とご縁があります。
ご存じの方もおられるでしょうが、最近創価学会の会員とおぼしき人からコメントで罵詈雑言を浴びせられました。
最初から話したくなかったのですが、ちょっとくらいご縁があるかもと思ったのが駄目だったと反省しています。
普通、話せば何とかなると思ってしまうのですが、考えてみれば話して分かる相手はすぐに分かります。
最初からこちらを説得ならまだしも、お前達は馬鹿だみたいな言い方で話をしてくる訳ですから、怒りよりも拒絶反応をしてしまいます。
まず、どれだけ話しても分からないと思った方がいいのかもしれません。こちらが下手に出ていると頭を踏みつけるようなことを言い続けます。
こういう方とはつきあわないのが一番で時間の無駄かもしれません。親鸞会の人もこういう人が多くいました。といいますか自分もそうだったのでちょっと恥ずかしいのですが。
お釈迦様が亡くなられたとき、お釈迦様のお葬式というかお別れの式に出なかった弟子もいるそうですので、まことにご縁とは言いながら残念なことと思わずにおれません。
やはり現在、たまたま浄土真宗に出会い、そこで南無阿弥陀仏を出会わせていただいたことをどれだけ喜んでも足らないと思います。今、南無阿弥陀仏とご縁のある人を宿善の人と言わずしてだれを宿善の人と言えるでしょうか。
また、蓮如上人は、「無宿善の機においては力及ばず」と言われていますが、無宿善かどうかは別として創価学会顕正会、オーム真理教、幸福の科学統一教会などなどこれらの方を退会させるために時間を使ったら自分の人生すぐに終わってしまうような気がします。これらの人を相手するより、有縁の人とご縁を結んだ方が賢いでしょう。
お釈迦様も話して分からない相手には、指摘したり叱るよりも相手しない、話さないことが一番と言われています。
いずれにしても考え方が違う人と話すときは注意しなければと反省しました。

ここで創価学会の教義の間違いを一応分かる範囲で書いておきます。

念仏無間:立正安国論日蓮が書かれたが、経典上の根拠は何処にもなく善導大師の浄土教を選んだことを法華経非難の原因とし、結果として承元の法難などが起こったことが証拠だと言い、法華経を非難するものは仏教の敵と見なしたことに始まる。
当然、法華経には念仏により地獄に行くなどと言うことは何処にも書かれていない。
他の宗派も同じような理由で非難している。

未顕真実:無量義経の中に「四十余年には未だ真実を顕わさず」と書かれているため、法華経釈尊の一番説かれたかった教えであると主張する。四十年間今までは方便の教えを説いてきたが、これから真実の経を説くと言われたと主張する。
しかし、無量義経の原典には 、「四十余年 未曾顕実」と書かれ「未顕真実」とは書かれていない。四十年間真実を説いてきたが、これからいままで説かなかった教えを説くと言われたもので、以前に教えたものが真実では無いとは言われていない。

当たり前のことを言ったまでです。
また、法華経の説法の途中に席を立たれて、観無量寿経を説かれたわけですからどちらが真実だとか嘘だとかいう問題ではないということです。何度も書いていますが、人を機に応じて九品に分けているわけです。
東大に入れる人用に説かれた教えもあり、小学生用に説いた教えもあるわけです。

五時の教判:教相判釈とも言われお釈迦様の経典の成立時期を時代別に区分けしたもの。法華経が最高真実の教えとするために天台宗の智顗が表したもので、それを日蓮が引用して他の経典を否定する根拠としたもの。
これにより他宗派はすべて間違いであると非難する根拠としているが、前述のとおり観無量寿経法華経の説法の途中で座を離れられて説かれている。その根拠は、観無量寿経に「耆闍崛山より没し、 王宮に出でたまふ」とある。

よって五時の教判が他の宗派を非難する根拠にはなりません。

そして一番大事なのが信心なのですが、日蓮宗の信心は、現生利益と言うか、信心することが大事と言われます。信心することによって極楽に往生すると言われます。
自力の信心です。
では、具体的にどうするかというと、折伏する、題目を称える、そのことによって奇跡が起きると教えられます。
今生が幸せに暮らせるという教えが創価学会というか日蓮宗の教えなのです。また、念仏者には特に厳しく折伏をしてきますが、日蓮さんがせよ言われているからです。ただし、どこにも根拠の無い日蓮さんの思い込みなんですけど。

ほかにもありますが興味のある方は探してみてください。


最後に信長の時代、浄土宗と法華宗が法論を行って法華宗が負けて処罰されています。
それを「安土宗論」(あづちしゅうろん)と言います。法華宗の僧侶が浄土宗の僧侶に法論をふっかけ、負けてこれ以降法論はしませんと約束をしました。
これ以後、法華宗は浄土宗に法論を挑むことは無かったのです。

南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏