悲しい出来事がありました。
残念なことに安倍元首相が殺害されました。
こんなことがあるのかと言う思いが強く心がざわつきます。
犯人は即座に取り押さえられましたが警護は十分だったのか疑問が残ります。
桜田門外の変で井伊直弼が殺された後、警護のもので生き残った人たちは切腹か斬首されています。
何か歴史の転換点にいるような気がします。
これから日本がどうなるのか問われている気がします。
日本の将来を本気で考えていた人、たとえば聖徳太子、北条時宗、徳川家康、坂本龍馬、犬養毅、山本五十六及び無数の戦士達などなど。
人それぞれにいろんな人を思い浮かべることでしょう。
そんな重要な人たちが惜しまれながら亡くなっていくのも定めなのでしょう。
ところが全ての人を苦しみから救う仏様から見れば安倍元首相を殺害した犯人も救いの対象なのです。
そう思えないのが迷っている証拠なのかもしれません。
それにしても何の因縁か予想も出来ないことが起きます。
これと同じ事が私にも起きるのです。
「まさか・・・。」
誰にでも起きるのです。
個人的なことですが昔バイクに乗っているとき突然ぶつけられてバイクが大破したことがあります。
渋滞をすり抜けている時に横から突然ぶつけられました。
スピードも出ていなかったので有り難い事に身体は何ともありませんでしたがバイクは修復不能になりました。
一歩間違えれば死んでいたでしょう。
今はたまたま生きているだけなのです。
縁が尽きればこの世とおさらばです。
そのように「まさか・・。」と言うことが起こり死んで行くのかもしれません。
死の縁無量
人間はいつどこで死ぬか分かりません。
それは今この瞬間も同じです。
後悔はないか。
死んで行けるのか。
それは常にこの瞬間も問われているのです。
そしてこの世との縁が尽きたら次の世界に旅立つのです。
さて、次の世界はどんな世界なのでしょう。
阿弥陀様の世界に行きたいのなら南無阿弥陀仏にお任せするだけです。
現在、ただ今、堕ちるそのままの私を必ず助けるために南無阿弥陀仏と叫んでいらっしゃるのです。
「我をタノメ、我が名を称えよ、必ず救う」