とくよしみねの「なぜ生きる」

「私はなぜ生きるのか、何のために生まれてきたのか、どこに向かっているのか、そして、どう生きるべきなのか」これらの問題について仏教および浄土真宗を基に気ままに思いつくまま書きます。  mail:aim_in_life(アットマーク)hotmail.co.jp

仏願の生起本末を聞く

「仏願の生起本末を聞く」は良く使われる言葉ですが、親鸞聖人の教行信証のこのお言葉通りしかありません。

 

しかるに『経』(大経・下)に「聞」といふは、衆生、仏願の生起本末を聞きて疑心あることなし、これを聞といふなり。「信心」といふは、すなはち本願力回向の信心なり。「歓喜」といふは、身心の悦予を形すの貌なり。「乃至」といふは、多少を摂するの言なり。「一念」といふは、信心二心なきがゆゑに一念といふ。これを一心と名づく。一心はすなはち清浄報土の真因なり。

 

ここで「聞」といわれている「聞」とは、

無量寿経の下巻にある願成就文

諸有衆生、聞其名号、信心歓喜、乃至一念、至心廻向願生彼国、即得往生住不退転、唯除五逆誹謗正法

 

聞其名号の聞のことを言われていることは常識ですがとりあえず確認作業をしていきます。

では、何を聞くのかというと其の名号を聞くということであり、名号とは南無阿弥陀仏のことで、では、その南無阿弥陀仏のおいわれは何かということになります。

 

南無阿弥陀仏はどうして出来たのか。

それは地獄で苦しんで何度も何度も六道を回り続けている私たちの姿を見て、何とか救ってやりたいと三世の諸仏方が私たちを救おうとされたがどうしても駄目で三世の諸仏方はあきらめられた私がいたのです。

それほど私というものは迷いが深く、修行も出来ないくせに自惚れ強く、どうしようもない者なのです。ところがその事を少しも思っておらず、反省など少しもしない、この世に生まれてきても自分の幸せばかり願い、他人など何とも思っていない、とにかく自分さえ良ければの我利我利亡者なのに、そのことを全く悪いとも思っていない。

そのせいで何度も何度も六道を繰り返していると言われても全く意に介せず、平気に生きられる根性の持ち主が私なのです。だから地獄であろうがどこであろうが落ちるしか無いのに何もそのことのについて感じないでいる。そして一生がそれで終わっていくだけ。

そんな私を阿弥陀様だけがなんとか救ってやりたいと願を起こされたのです。お節介なことです。私は救われたいとかこの六道を出たいとかそんなことは一切思っていない。ただ、楽して生きて行きたいだけ、そのことにしか関心がないのです。

それをわざわざ阿弥陀様は、法蔵菩薩と成り下がって私たちを救わんと五劫の間ご思案し、そして兆歳永劫のご修行をされ完成したのが南無阿弥陀仏であると大無量寿経に書かれています。

南無阿弥陀仏の御名号は今、私に回向されているのです。それが現在ただ今、南無阿弥陀仏となって私の口から出てくださっているのです。

阿弥陀様は私に南無阿弥陀仏をどうか受け取ってくれとあらゆる手段を駆使して私に呼びかけておられるのです。

この六字の心を頂いたのが信心であり、また、疑心あること無しになったのが信心であります。

仏願の生起本末を簡単に説明しました。

 

では、もっと具体的な表現としてどういうものかと言えば、「今、死んでいけますか、南無阿弥陀仏一つで死んでいけますか。」ということになります。

南無阿弥陀仏にお任せしたなら、嫌々ながらも、死の宣告をされたら、受け入れられるのかどうか、受け入れることが出来なくても後生に不安があるのか無いのか、自分の心など当てにならないなどと言う逃げの言葉は通用しません。

さあ、「今、死んでいけますか、南無阿弥陀仏一つで死んでいけますか。」が仏願の生起本末を聞いたかどうかの一つの判断になるのではないかと私は思います。

 

南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏 

 

 

 

衆生苦悩 我苦悩 衆生安楽 我安楽

「あなたの白道」をネットにアップし終わってしばらくたちました。

タイトル:あなたの白道
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http://blog.livedoor.jp/anatanobyakudou/

アクセスもかなり多く皆さんにどんどん広めてもらいたいのですが、現役の会員は昔の私と同じで簡単には読むことが出来ないと思います。

また、「さよなら親鸞会」で「嶋田さんに会いに」にぶるうのさんも書かれていますが、なかなか分かっていても退会出来ない高森顕徹会の人が多いのも事実だと思います。

 

今回、嶋田さんの「あなたの白道」を読んで思うのは以下のお言葉です。

 

衆生苦悩 我苦悩 衆生安楽 我安楽

 

このお言葉は、真田増丸師の「信念の叫び」にあるそうです。

思うに、このお心は阿弥陀様のお心そのものと思います。

また、釈尊のお心も同じと思います。

買いかぶりすぎかもしれませんが、嶋田さんや嶋田さんに負けず劣らす一人でも南無阿弥陀仏をお伝えしたいと本当に頑張っておられる私の知り合いの僧侶も同じお心かもしれません。

 

 一人でも分かってもらいたい。

後生は一大事、今、南無阿弥陀仏を聞いて欲しい。

ところが高森さんには、このお心が根本的に欠落しています。

だから嶋田さんは高森さんの信心を疑っているのかもしれません。

 

私は、サラリーマンですのでお金が欲しいわけではありません。名誉も関係ありません。

それでも私の言葉で一人でも阿弥陀様と出会ってもらいたいと思います。

しかし、それで誰かが分かってくれたら「自分がやった」と思う心が必ず出てきます。

これが曲者です。

 死ぬが死ぬまでこの心と戦わなくては成りません。

煩悩具足はそういうことだと思っています。

 

一方で私の苦悩はありますが、衆生の苦悩などは全く思っていません。

自分で作った生ぬるい世界に生きているのかもしれません。

 

衆生苦悩 我苦悩 衆生安楽 我安楽

 

やはり私には無いお心です。

 

南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏

 

 

 

 

あなたの白道 6

問題のまとめ

今回の記事は嶋田さんの怒りですね。
高森さんのご信心が本物かどうか分かりませんが、阿弥陀さまのご本願に目覚めていながら、他の人の後生より自分の煩悩を優先することはあり得ないと思います。(追加:ちょっと言い過ぎでしたが一人でも多くの人に分かってもらいたいと思うのが普通だと思います)
嶋田さんは高森さんにご信心が無いと言われています。
実は高森さんが若い頃に布教したとき何人かの方がご信心を頂いています。
その方のお一人にたまたまお話を伺ったのですが、高森さんは説法するだけでご示談や座談はなかったそうです。
いま思うにご信心が無くても御法話が正しければ、聞く人は目覚めることがあると思います。
本願寺の勧学と言われる方の中にもそういう方がいると知り合いの僧侶から聞きました。
やはり最後は法に向かうべきなのだと思います。

阿弥陀仏南無阿弥陀仏

 

タイトル:あなたの白道
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追加:問題のまとめ ② を公開しました。
これで最後です。
何度も読んでいただきたく思います。
皆様、よろしくお願いします。

あなたの白道 5

退会者3名の告白手記

 

今回は体験記です。

三業で信心を計ることは出来ないと顕正新聞などに書かれていました。

また、体験談を強調するのは嘘のご信心だと非難もされていました。

そう言いながら高森顕徹会は会員向けにはハッキリする体験を強調しています。

外と内を巧妙に使い分けているのです。

阿弥陀さまに救われれば分かるのです。

そこには程度の差こそあれ必ず人それぞれの体験があります。

今回はたまたま私も入っていますが沢山の方の体験談が他にも沢山あります。

本願寺出版等にも沢山あります。

世界は広いんです。

その事に気付いてほしいと思います。

ご意見等あればお願いします。

 

南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏

 

タイトル:あなたの白道
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追伸:今回は私も書いていますので さよなら親鸞会 より先に私が公開します。

 

あなたの白道 4

いよいよ会長への手紙の内容です。

結構驚くことが書いてあります。

とにかく読んでみてください。

 

南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏

 

タイトル:あなたの白道
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追伸:第4章②も公開しました。

あなたの白道 3

今回は速いペースで更新されます。

まだまだ、続きます。

内容は 仏になる 核心に入ってきました。

 

南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏

 

追伸:第3章の②も公開しました。

 

タイトル:あなたの白道
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あなたの白道 2

第二章です。

読んでみると昔の高森会長のご法話によく似ていますが、高森会長の間違っているところと正しいところが理解できるかどうかですね。

一読して分かる人はかなりマインドコントロールが抜けていると思います。

では、皆さんよろしくお願いします。

 

南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏

 

タイトル:あなたの白道
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