とくよしみねの「なぜ生きる」

「私はなぜ生きるのか、何のために生まれてきたのか、どこに向かっているのか、そして、どう生きるべきなのか」これらの問題について仏教および浄土真宗を基に気ままに思いつくまま書きます。  mail:aim_in_life(アットマーク)hotmail.co.jp

今年はどうなってしまうのだろう

新年早々様々大規模な災害や大きな事故が立て続けに起きています。

無常とはこのことですが、昨年末に平穏が一番と書いていましたがそんな年は少ないのかもしれません。

お隣の国は相変わらず日本にちょっかいを出し続けています。

南の島は今にも取られそうなのに平和ぼけした日本は蓋をしたままです。

いい加減目を覚ましてほしいのですが・・・。

そう言いつつも無常は待ったなし、今年はどうなってしまうなんてのんきなことを言っているのは全く自分のこととして考えていない証拠です。

開き直って「だからどうした、どうせ今日一日楽しく生きるだけです。」と心の声が聞こえてきます。

本当にそれしか考えていません。

能登の方たちのことは本当に大変で、もし自分がその立場だと思うとテレビ放送を見ていると腹が立ちます。

何社も被害者の方の放送をしていますが、もし自分にマイクをぶつけてきたら殴ってやるかもしれません。

ゴミの一つでも片付けろと言いたくなるかもしれません。

正直言って邪魔、そう思います。

ところが能登の人は「よくこんな中来たね」と逆にねぎらいの言葉をかけているのです。

本心なのかどうかわかりませんがアナウンサーが逆に泣いているのです。

すばらしい対応です。

私とは全く違う対応なのです。

テレビなどは何が足りないのか、何を一番必要としているのか、それを正確に伝えることはできないのか。

各放送局が独自に分担して被害調査をするなど出来ないのか。

NHKが被害を受けた放送局に燃料を自衛隊に運べと要請したみたいですが、自分で何とかしたらどうかと思ってしまいます。

これがマスコミの姿なんですね。

被害を受けて苦しんでいる人より報道が大事なんですね。

その報道内容はどうなんでしょうか。

たとえば、道路の被害状況を調査し官庁に報告したらどうでしょう。

偽の自衛官など火事場泥棒が空き巣に入っているのを阻止できないでしょうか。

孤立されたところに暖房器具の一つでも持って行ったらどうだとか思ってしまうのは自分だけでしょうか。

そういう自分は結局、県庁のホームページを探してわずかな寄付しかできません。

見ていることしか出来ない、それが私です。

そして、次の瞬間は自分の明日のことを考えています。

仏様は、私と仏の境がありません。

 

衆生苦悩、我苦悩、衆生安楽、我安楽

 

この人生は苦しみの連続です。

そこから救わせてくれと仏様が手を下げて私にお願いしているのです。

ところがこの私は自分の煩悩を満足させることに必死です。

それどころか今自分が風邪を引いているのでそれが早く直すことが一大事なのです。

 

世の中安穏なれ、仏法ひろまれ

 

南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏

 

 

 

 

 

 

大乗起信論を読む 1

 今年もあとわずかとなりました。
 一年は早いものです。
 皆さんはどんな一年だったでしょうか。
 世界はとんでもなく混沌としており日本においても煩悩が渦巻きこの先どうなってしまうのだろうと不安になってしまいます。
 平穏に過ごしたいと思うのですが、世の中を混乱に陥らせて喜ぶ悪魔のような人がいるのも残念な事実です。
 来年も平穏に過ごしたいものです。
 さて、今年最後は「大乗起信論」について書きたいと思います。
 たまたま偶然に知ったのですが、本当はかなり有名な本でありながら残念ながら一般受けする本ではありません。
 そもそも、大乗仏教の優位性や悟りを得るための手法などが書かれているため、今の時代にはそぐわなくなっています。
 しかし、その本質は現代でも何も変わらず真実を伝えていると思います。
 ちょっと長くなりますが概要を書きます。
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大乗起信論」は馬鳴(めみょう:アシュヴァゴーシャ、後80年頃~150年頃、古代インドの仏教僧侶)の著作で従来の仏教を出家者中心、自利中心と批判、在家者を重視し利他中心の立場をとろうとしました。
 紀元前後のインドで起った仏教革新運動を大乗仏教といい、この大乗仏教の根本教義を理論と実践の両面から手際よく要約した本書(五,六世紀頃成立)は、中国・日本の仏教者に愛読され,大きな影響を与えてきたといわれています。
 大乗仏教では特に般若波羅蜜(智度)が、空の思想や菩薩の在り方とともに重要な用語として位置づけられ教説されたこと、如来蔵説が唱えられたことなどがあります。
 如来蔵とは本来の自己自身は仏性を持っているということです。
 大乗仏教を体系化したのは、2世紀から3世紀に活躍した龍樹であり、大乗仏教の基盤となる般若経で強調される「空」の概念を説明し、諸宗派に影響を与えました。
 龍樹の思想をもとに形成されたのが「中観派」でありさらに、4世紀に入ると、瞑想(ヨーガ)を通じて心の本質を見る、瑜伽行唯識学派が登場し中観派とともにインド大乗仏教の二大流派を形成します。
 瑜伽行唯識学派弥勒を祖とし、無著と世親が教学を大成しました。
 これは、衆生皆菩薩・一切衆生悉有仏性・生死即涅槃・煩悩即菩提などの如来蔵思想や、釈迦が前世において生きとし生けるものすべて(一切衆生)の苦しみを救おうと難行(菩薩行)を続けて来たというジャータカ伝説に基づいて、自分たちもこの釈尊の精神(菩提心)にならって六波羅蜜の概念の理解を通じ善根を積んで行くことにより、遠い未来において自分たちにもブッダとして道を成じる生が訪れる(三劫成仏)という修行仮説や死生観(地獄や空色を含む大千世界観)へと発展していきました。
 そうした教義を明確に打ち出した経典として『華厳経』、『法華経』、『浄土三部経』、『涅槃経』などがあります。
 「大乗起信論」は仏教史上極めて重要な書物で、華厳・天台・禅・浄土・真言等の大乗仏教の主要な宗派に大きな影響を与えました。
(wikiなどから引用)
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 現代語訳を読んだのですが言葉の意味が理解できず、文章の関連づけができなくて頭の中でこんがらがっています。
 わかりやすいはずなのですが納得できないことが多く何度も読み返さないといけません。
 とりあえず読んで理解した内容は、心を微細に観察することや六波羅蜜を行うことにより自分にある根元的無知に気づき、それを滅していくことにより悟りを得ていくということです。
 迷い、悟りなどについて詳しく書かれています。
 心の観察方法など具体的に書かれています。
 また、真宗でいわれる正定衆の位にいくには六波羅蜜を1万劫年行じ、仏を供養し心が定まらなければならいないと説かれています。
 さらにこの「大乗起信論」を読むことによる功徳は計り知れないと最後に説かれています。
 きっと馬鳴の悟りの世界から見ると、衆生が仏の教えを学ぶことは本当に希有なことであり、仏の教えは衆生の苦悩を除く希有な法と見ていたのだなと想像します。
 親鸞聖人も少しですが教行証文類に引用されています。
 ああ、聖人も読まれたんだと思うとなんだかうれしくなります。
 今回はご紹介までです。
 いつになるかわかりませんがもう少し読み込んで次の記事を書きたいと思います。
 また、来年も自分にとって、さらに皆様にとって良い一年になりますよう願っています。

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犬の葬式

最近我が家の犬が死にました。

犬に対して亡くなりましたとは言いませんが、どうもペットブームのせいか犬が死んでも亡くなりましたと言う人もいるようです。

犬の葬式をどうしようかと思いましたが結局自分で行いました。

一通りのやり方は知っていましたので人間の所を犬に変えて行ったのですが、なんとも不思議な気持ちでした。

ただ、何も行わないでそのまま斎場に持って行くのもどうかと思い「とりあえずやってみるか」と思った次第です。

やってみてやはりけじめがつくというか気持ちの整理はある程度出来る気がしました。

しかし、最近は人の葬式でも直葬を行うと聞きます。

実際私の後輩は親の死に際してそれを行いました。

本人はそれで良いのかもしれませんがその話を聞いたときなんだか寂しい感じがしました。

 

ペットブームという訳ではありませんが犬は家族の一員として大きな存在であることは間違いありません。

また、最近ではほとんどの家が家の中で犬を飼っています。

昔は番犬としての役割が大きく外で飼っているのがほとんどでしたが、今はステータスというのか癒やしなのかしりませんが家の中での飼育がほとんどです。

また、鳴き声が近所迷惑なのかもしれません。

なんとも世知辛い気がします。

 

テレビ番組でもyoutubeでもペットの動画は本当に多いです。

私は犬の毛に対してアレルギーがあったので外で飼っていました。

また、犬は外で飼うのが当たり前と思っていましたので家の中で飼うなどもっての外でした。

アメリカのような大きな家に住んでいるなら家の中でも良いかもしれませんが日本のように狭い家に犬が一緒にいるのはなんだか滑稽な気がするのは私だけでしょうか。

 

ところで我が家の犬は18年近く生きていたので、いるのが当たり前の感覚が抜けなくて死んだあとでも時々犬のいた場所に面影を感じています。

寂しい気持ちになるのですが、人について同じように思うのかちょっと疑問に思います。

最近の世の中は親の面倒を自分の家で最後まで見ることはしません。

犬は最後まで面倒見るのにです。

人間の場合は大変だから面倒を見ないのでしょう。

犬は面倒見るのが楽だからでしょうか。

いやいや面倒見れなくなってペットを捨てる人は沢山います。

結局人間も面倒が見られないから捨てられているのではないかと思います。

いずれ私も家族に捨てられ運が良ければ施設に入ることが出来るのでしょう。

「施設に入って面倒見てもらえて良かったね。」

そう言われるような気がします。

その時が来るまでとにかくやりたいことをやり残すことがないよう、後悔しないよう生きるだけだと思っている人は多いでしょう。

果たしてそんな人生で良いのか。

 

時々ですが思います。

もし、仏教に出会えていない人生だったらどんな生き方をしていただろうかと。

そんなに大差は無いのかもしれませんが私の場合は仏教に出会えて生きる力をもらいました。

人生に生きる意味があると教えられたことは本当に力になったのです。

生きる意味に悩み死がすべてをぶちこわすそんな人生に意味があるのか本当の分からず悩んでいました。

ところがそんなことを思う人間は一部でしかないこともだんだん分かってきました。

ごくごく個人的な悩みなんだと。

そうは言いながらもNHKでは心の時代というテレビ番組をずうっと作成しています。

一定数の人間が人生に悩んでいると想像できます。

 

犬よりも人間の方が大事だと思うのですが、犬をかわいがり親をないがしろにしているのはいったい何なんだろうと思ってしまいます。

人生についてもどう考えているのか疑問に思います。

結局は自分が良ければそれが一番なのでしょう。

所詮私も同じなのでしょう。

我が身が一番かわいいと仏教で教えられるとおりです。

我執の心です。

 

歎異抄

・・・煩悩具足の凡夫、火宅無常の世界は、よろずのこと、みなもって、そらごとたわごと、まことあることなきに、ただ念仏のみぞまことにておわします。

 

 

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嶋田久義師 最後の御法話

嶋田さんの最後の御法話をアップします。

他にもあるかもしれませんが愛知県最後の勉強会での御法話です。

この勉強会のあと間質性肺炎で入院されます。

無理に無理を重ねられ体はぼろぼろだったのでしょう。

一度お見舞いに伺ったとき笑いながら「こんなんになっちやった」と言われながら酸素吸入器を引っ張りながら「まだ、文書伝道が出来る」と言われていました。

そして、最後に「あなたの白道」の本を完成されました。

現在も奥様の幸美さんに連絡すれば入手出来ます。

連絡先は以下の通りです。

○Eメールの場合 
yukimi42577@gmail.com
○お葉書の場合
〒918ー8134
福井市下莇生田町27ー1ー32 

この本についてもS会退会者のお同行のご尽力かあったなればと聞いています。

あらためて聞かせて頂いて思うのは、「仏願の生起本末を聞きて疑心あることなし」をそのまま話されているなと思います。

最近のあちこちのyoutube での御法話には欠けているものがある気がします。

例えば、自力無効についても我が身の業を振り返ることをあまり言いません。

称名念仏を大事にすることも避けているように感じます。

「聞けばいいのだ、聞くだけだ」と言いますが、肝心なところが抜けていては何にもなりません。

阿弥陀様のお慈悲ばかり聴いていて安心しているのは、十劫安心や本願ぼこりと変わりません。

一番嫌いな自分の姿を見ることから目を背けていては真実は見ることが出来ません。

当然、我が身は地獄一定と思わなければ救われないとなったら、また地獄秘事になります。

そこは嶋田さんの御法話を聞いているとよくわかります。

蓮如上人が信心決定せよと口をすっぱくして言われた理由もしっかり説かれています。

何よりも仏様が乗り移ったような御説法と思わずにおれません。

どうか多くの方に聞いて頂きたいと思います。

皆様、よろしくお願いします。

 

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勉強会のご参加ありがとうございました。

連絡が遅くなりましたが夏の暑さにまいってなかなか記事を書くことが出来ませんでした。

ご参加くださった皆様ありがとうございました。

勉強会も無事に済み、やって良かったなと思っています。

飛雲さんからは因果の通りを詳しくお話頂きました。

気がつかなかったところもあり「ああ、そうだよね」と思うこともありました。

たとえばコンビニでどれだけ頑張っても一億円は貯めることは出来ません。

一億円貯めるためにはそれに見合ったやり方があります。

それと同じで仏の悟りを開くためにどれだけS会の言う財施破邪顕正をしようが仏の悟りは開くことは出来ません。

信心決定も出来ません。

正しい教えに従って初めて仏の悟りに近づくことが出来ます。

同じように正しい教えを聞くことによって信心決定ができます。

大谷翔平は一日10時間寝る努力をされているそうです。

そうやって体を回復させて次の試合に臨むのです。

努力の方向が違うと予想される結果は帰ってきません。

当たり前のことですが改めて聞かせて頂くとなるほどと思いました。

また、本願寺の僧侶はS会を退会して本願寺の僧侶になられた方のお話で有り難かったです。

福井からわざわざご参加なさった方もあり大変うれしかったです。

また、来年も機会があれば開催したいと思います。

今年参加できなかった方も来年はよろしくお願いします。

 

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追伸

嶋田久義師の最後の御法話をアップするため準備しています。

ちょっと時間がかかっていますがしばらくお待ちください。

嶋田久義師 御法話  愛知県刈谷市

嶋田久義師 御法話 

愛知県刈谷市 で行われたものです。

2016月2月14日の録音です。

全部で3部に分かれています。

よろしくお願いします。

 

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勉強会のご案内

とくよしみね からのお知らせです。

今年も勉強会を開催したいと思います。

日にちは、8月26日(土)です。

時間は、午前10時から午後5時までです。

場所は、JR刈谷駅前の産業振興センターの会議室です。

講師は、飛雲氏と本願寺派の僧侶による法話を行いたいと思っております。

どなたでも参加していただいて結構です。

よろしくお願いします。

 

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