とくよしみねの「なぜ生きる」

「私はなぜ生きるのか、何のために生まれてきたのか、どこに向かっているのか、そして、どう生きるべきなのか」これらの問題について仏教および浄土真宗を基に気ままに思いつくまま書きます。  mail:aim_in_life(アットマーク)hotmail.co.jp

ガイロク(街録)

youtubeで最近ガイロクchというチャンネルが人気のようです。

NHKでガイロクという番組がありますが、それのもっと赤裸々なものです。

とてつもなく悲惨な人も多く出ています。

自ら望んだわけでもないのに生まれ落ちたところがそういう所だっただけと片付けることは出来ません。

もうあまりにもひどいのも多いので最近は見ていません。

世の中大丈夫?と思ってしまいますが、それでも人は生きています。

なんとたくましいことか。

そこで語られる事を聞くに付け、生きる目的は人それぞれだということがよく分かります。

何のために生きているのか。

生きるためには何でもやるという人、それよりも今やりたいことのために生きている人、とにかく今生きている人、本当にそれぞれです。

ここに出てきて話したい人はやはり強いのでしょう。

本当に弱っている人はとても出てはこれないでしょう。

そういう人がどれだけいるのか怖ろしくも思います。

人生は苦なりを感じてしまいます。

語っている皆さんは強く生きられているのであまりそうは感じませんが、私なら耐えられない例が沢山あります。

 

世の中には必ず生きる事に疑問を持ち、魂の平安を求める人がいます。

そういう人は宗教や哲学などに心が向いていきます。

死を恐れる人、死を恐れないが空しい心を恐れる人などがそういう人の一部と言えるでしょう。

 

そこで何に出遭い、何を求めるかは人それぞれなのです。

多くの宗教の中から何を選ぶかも仏教的に言えばその人の宿業、宿縁という事になります。

たまたま私は仏教とのご縁がありましたので、他の宗教を仏教的な視点で俯瞰することを学びました。

とはいえ結局、私の頭の中にある阿弥陀仏という存在を通して世界を視ているに過ぎないのかもしれません。

阿弥陀様に教えて頂いた私という煩悩具足の存在を通して世界を視ると、一部ではあまりにも醜くさっさとこの世からおさらばしたい人がいてもおかしくないと思います。

何故なら生きる事さえ許されない環境にいる人たちがいるのです。

ハッキリ言ってこの世は苦しみの世界です。

生は分かりませんが、老、病、死は必ずついて回ります。

老、病、死を忘れこの世の春を謳歌しているときは楽しいでしょうが、それが過ぎてしまえば残るのは空しさだけです。

もう二度とこの世界に生まれるのは御免だと思う方もいらっしゃるでしょうが、仏教的には六道を輪廻するわけです。

さらに佛の悟りを開いたとしても還相回向で何度もこの世の衆生を救いに来るわけです。

この教えが真実としたら本当にたまりません。

 

はてさて何処まで行っても自己中心的な考え方しか出来ません。

そんな奴を今助けると南無阿弥陀仏が届いているのです。

我をタノメ、我が名を称えよと南無阿弥陀仏が届いているのです。

非常にやっかいですが称えるしかありません。

本当は称えさせて頂いているのかな?

 

南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏

 

 

死ぬる時節には、死ぬがよく候

武漢コロナが変異してさらに猛威を振るっています。

連日、マスコミはコロナ対策の杜撰さを指摘し、政権の足を引っ張ろうとしています。

しかし、コロナによる死者は少なく、ほとんどが軽症のため若者は暗にコロナを無視しているようにも思います。

一部の心ある医者は、未承認ながら効果のある薬の使用を推奨していますが、製薬業界の絡みか何か知りませんがなかなか広まりません。

ワクチンについても陰謀説や恐怖説がはびこり反対者も沢山います。

これらのニュースを一年半見せ続けられほとほと嫌になっています。

とは言え自分に非難の火の粉が掛かるのは嫌ですから、毎年行っていた勉強会も今は見合わせています。

結局死ぬのが嫌、苦しむのは嫌、ただ、それだけなのはよく分かっていますがなんとかともがき苦しんでいる状態なのかもしれません。

そこから一歩踏み出したらどうなるのでしょう。

 

皆さんご存じの良寛さんには、以下のエピソードがありました。

 

「災難にあう時節には、災難にてあうがよく候。死ぬる時節には、死ぬがよく候」
1828年12月。良寛和尚が71歳の時、新潟県三条市付近で大地震が発生しました。
のちに三条地震と呼ばれる大地震です。
被害の全容は全潰12000軒以上、死者1500名以上。火災によって焼失した家屋も相当な件数にのぼったと言われます。

そんな三条市のすぐ南に位置する長岡市に、良寛和尚の父親が生まれた与板という町があります。
ここには良寛と親しい間柄にある知人が何人もいましたが、とりわけ酒造業を営んでいた山田杜皐(とうこ)は良寛和尚を「蛍」とあだ名でよぶほどの仲の良い間柄でありました。


三条地震が発生したとき、杜皐が暮らす与板もやはり甚大な被害に見舞われました。
しかも悲しいことに、杜皐はこの地震で子どもを亡くしていました。
しかし杜皐は、そうした自分たちの被害もさることながら、同じく被害に遭ったであろう良寛が無事でいるかを心配に思い、良寛に見舞いの手紙を送りました。


手紙を受け取った良寛は、幸いにも無事でした。
そこで自分が無事であることを伝えるため、すぐに杜皐へ返信の手紙を送るのですが、その末尾に添えられたのが上記の「災難に遭う時節には……」の言葉です。


ちなみに、手紙の前半は以下の通りです。


地震は信(まこと)に大変に候。
野僧草庵は何事もなく、親類中死人もなくめでたく存じ候。
「うちつけに死なば死なずに永らえて かかる憂きめを見るがわびしさ」」


地震に遭った杜皐の境遇を憐れみ、自分は無事でいることを伝え、そして歌を一首したためました。
人生を生きながらえてきてしまったことで、人々が悲しみに打ちひしがれる姿も多く目にすることとなりました。やるせない思いです。

そしてこのあとに件の言葉が続きます。


「しかし災難に遭う時節には災難に遭うがよく候
死ぬ時節には死ぬがよく候
是はこれ災難をのがるる妙法にて候
 かしこ 良寛

 

ご縁とは言え良寛さんのお友達の杜皐さんはずっとこの手紙を大事に持っていたのですからこのエピソードは今に伝えられています。

心の支えになっていたかもしれませんし、ふざけるなと怒りもあったかもしれません。

しかし、仏教的に言えば今を受け入れると言うことです。

死の縁無量です。

人は死ぬときは死ぬのです。

そしてそれはたった今かもしれないのです。

今、死んで行けますか、どうですかと言われているようにも思います。

言い方を変えれば、今を生きるです。

ただ、精一杯生きるだけです。

 

また、良寛さんの漢詩に以下の様なものもあります。

 

生涯懶立身 生涯身を立つるにものうく(この生涯出世には興味が無かった)

騰々任天真 騰々と天真に任す(与えられた姿のままに過ごしてきた)

嚢中三升米 嚢中に三升の米(米袋には三升の米のみ)

炉辺一束薪 炉辺に一束のたきぎ(暖炉には一束の薪しかない)

誰問迷悟跡 誰か問わんめいごのあと(誰も私の法話に興味など無く)

何知名利塵 何ぞ知らんみょうりのちり(評判も財産も何もない)

夜雨草庵裡 夜雨草庵のうち(夜の雨の中この草庵で)

双脚等閑伸 双脚を等閑に伸ばす(両足をぼんやりと伸ばしたりしているだけである)

 

誰か私の法を聞いてくれと叫んでいらっしゃるように聞こえます。

 

アフガニスタンではとんでもないことが起きています。

アフガニスタンだけではありません。

ウイグルチベットはどうでしょう。

中国は、アメリカは、ヨーロッパは・・・・。

今、世界で一番平和に暮らせる国はどこか。

私は、この「大乗相応の地」日本だと思っています。

 

阿弥陀様は、現在、ただ今、落ちるそのままの私を、南無阿弥陀仏一つで救うと誓っていらっしゃいます。

 

南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏

長者窮子の譬え

今回は、S会でも昔はよく話された「長者窮子(ちょうじゃぐうじ)の譬え」について書きたいと思います。
まずは根拠聖典である法華経から引文します。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
要約法華経
信解品(しんげほん)第四


そのとき、長老の須菩提と、摩訶迦旃延と、摩訶迦葉と、摩訶目犍連 は、釈尊が説く未曾有の法と、舎利弗が阿耨多羅三藐三菩提を授記されたことに 大変驚き、また歓喜し、立ち上がって衣服を整え、右の肩をあらわにし右の膝を地につけて、釈尊に申し上げた。

「われらはすでに年老い、悟りの境地に達していると思い込み、その上を望むことをしませんでした。
菩薩の法たる 仏国土を清くし、衆生を導こうとはしませんでした。
声聞に阿耨多羅三藐三菩提を 授記されて大変うれしく思いますとともに、 ただ今この時に、未だかって説かれたことのない稀有の法を聴いて、貴重な宝玉を自ら求めざるに得た心地がします。
世尊よ、 われらの気持ちを、たとえ話をもって語ることを許していただきたい。

 

ある人、若い頃に家出して、他国に住み、すでに五十年という年月が経った、と思っていただきたい。
衣食を求めて処々を放浪したが、 食うや食わずのその日暮らしの生活に疲れはて、故郷に帰ろうとしてある国に入った。その子の父は、出奔した息子を八方手を尽くして 探したが、行方が分からないまま、そのある国に住んでいた。
父は大長者となって、倉庫には金・銀その他の珍宝があふれ、 象・馬・牛・羊も数え切れず、手広く商売し、金を貸して金利を稼ぎ、大勢の使用人を使っていた。


たまたま貧乏な子は、大金持ちの父の住む町にやってきて、その邸宅の前に来た。
門の傍に立って中を見ると、長者は玄関前に 幔幕(まんまく)をめぐらし、獅子皮の椅子に座し、宝石を埋め込んだ足台 に足をのばし、両側から白い払子(ほっす)で扇がせ、高価な真珠の装身具で身を飾り、 大勢の婆羅門や王侯貴族や商人たちに囲まれて大きな 取引の話をしていた。その豪勢さに圧倒されて、子は驚くと同時に恐れをなして思った。


『突然、王か大臣に会ってしまった、 ここには私のようなもののする仕事はない。ぼやぼやしていると怖い目に遭いそうだ。貧しい地域に行って仕事を探そう』 子は急いで立ち去ったが、長者は男を一目見るなり、自分の息子であることに気がついた。
そして使用人にその子を連れて くるように命じた。使者は追っかけてその子を捕らえると、長者の処に引き立ててきた。
長者の前で、子は何をされるか分からない 恐怖のあまり、失神して倒れてしまった。
それを見て長者は、その子をいったん解放した。
自分の豪勢な暮らしぶりがその子の 憚(はばか)る処となり、またその子の志が低いことを知ったからである。
そこで長者は方便を使ってその子を引き寄せようと考え、浮浪者のような貧相な男二人を雇って、 こう言い聞かせたのである。


『お前達はあの男の処へ行って、こう言いなさい。あの屋敷に働き口があるぞ。給金は二倍もらえるそうだ。 仕事は便所の汲み取りだ。俺達もこれから行くので、一緒に行って雇ってもらおう』こうしてこの子は、近くの茅葺の小屋に住み、 長者の邸宅で働くようになった。

 

しばらくして長者は、自分の上等な衣服を脱ぎ装身具をはずし、身体に泥をぬりつけ、よごれた衣に着替え、糞壷を手にもって、 つまり息子と同じような格好にやつして、子に近づいて言った。


『お前はずっとここにいなさい、私をおいてよそへ行かないように。 お前は若く、私はもう年老いた。必要なものがあれば、何でも言いなさい。お前は他の使用人と違って、 愚痴を言わず正直でよく働く。今日から私はお前を実の子のように思おう』子は喜んだが、何かを欲しがることもなく、 長者の使用人として立場に満足していた。


そうして二十年が経ち、長者の処へも自由に出入りし、家事を執務するようになり、 財産のすべてを知るようになったが、欲はなく、相変わらず茅葺の小屋に住み、貧しい自分の境遇のなかで暮らしていた。
しかし長者はその子の志が少しずつ変化し、新しい境遇に適応してきたのを見ていた。 長者は死期が近づくと、親族・国王・大臣その他大勢の人々に集まってもらい、この子が自分の実の息子であることを初めて打ち明け、 財産の一切をこの息子に譲ると宣言したのである。


息子は大いに感激してこう思った、『わたしは自分から願うことはなかったけれど、 自然にこの財宝を得ることになった』

 

世尊よ、大長者とは如来のことです、そしてわれらは仏の子です。
われらは本当の阿羅漢になった心地がします。
世尊はわれらに諸々の戯論の糞(あくた)を除かしめ、われらは日銭を稼ぐように悟りを求め、その日の稼ぎを得て満足していたのです。
われらは自分に執着が強く、目先のことのみを求めて、大乗を求めなかった。
世尊はわれらが志の低いことを見られて、方便で、われらの機根に合わせて法を説かれていたのです。
今日、世尊がこの経を説くのを聴いて、われらは仏の子であるが故に、自ら求めずして自然に如来の宝蔵を得られたのです」

そうして摩訶迦葉は、重ねてこの意味を伝えようとして、詩句をもって唱えた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

この話はもともと声聞の代表である舎利弗釈尊が記別(仏が、弟子たちの来世の悟りの内容を予言すること。仏となることの予言。)を与えたことを悦んで説かれたものと言われています。
小乗から大乗への釈尊による導き(ご方便)を説かれたものであり、五時の教判の根拠にもなっています。

個人的には、阿弥陀様にお会いするまでの私達の道程とも読むことが出来ます。
細かい説明はありませんので皆さんそれぞれ味わっていただければ良いと思います。
法華経も基本的には大乗仏教ですので似たような味わいが出来るのかなとも思います。
私はこのお話から摂取不捨、逃げる者を追いかけて捕らえる阿弥陀様の願力と味わいます。

南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏

 

群盲象をなでる

「群盲象をなでる」と言われるお言葉があります。

仏教経典だけでなく他の宗教でも扱われています。

簡単に書きます。

 

あるところに多くの目の不自由な方がいました。

その人たちが象をなでてその姿について話しています。

象の牙をなで「象は杵のようなものだ」と言います。

象の耳をなで「象は団扇のようなものだ」と言います。

象の鼻をなで「象は太い縄のようなものだ」と言います。

象の足をなで「象は柱のようなものだ」と言います。

象のおなかをなで「象は壁のようなものだ」と言います。

象のしっぽをなで「象は箒のようなものだ」と言います。

多くの目の不自由な方達が象をなでてその姿についてお話をするのですが、どのかたのお話も本当ですが、だれも本当の象の姿を分かっていないと言うことです。

※1

これを聞いて思うのが阿弥陀様から賜った御信心についても同じような味わいを皆さんしているのではないかと思うのです。

 

私は阿弥陀様とお会いした。

私は空を体験した。

御念仏が吹き出した。

私の業魂がハッキリ分かった。

地獄一定と定まった。

御念仏が証拠だ。

などなど

 

これらのことを主張することは、南無阿弥陀仏のほんの一部の気づきや目覚めをすべてと言っているように思います。

「私の体験は絶対だ」と思われている方も多いでしょう。

それはそれで「その人にとっては本当の事」であるのは間違いないことでしょうが、それがすべてではないということです。

阿弥陀様から賜った御信心について、親鸞聖人は以下のようにおっしゃっています。

 

阿弥陀様の御本願に疑いが無いのが御信心だ。

自分は落ちるに間違いない、阿弥陀様(南無阿弥陀仏)は助けるに間違いないのが御信心だ。

※2

 

 

このお言葉からも上記のように色々な味わいがあるでしょうが、それはあくまで味わいであり本当の御信心の姿ではありません。

今回私が言いたいのは、御信心を頂いたと言っても「私の体験が本当の御信心だ」と言い出すと大きな間違いを起こすと思うのです。

「あの人の御信心は間違っている」と言い出すもとになります。

当たり前のことなのですが人は自分が体験したことが100%だと思ってしまう傾向があります。

オウム真理教も一定の体験が修行によって得られます。

オウムだけでなく他の宗派でも実際に宗教的体験をした人が沢山います。

その方達がお聖教の深いところをどこまで理解しているか分かりません。

それでも「この私の体験が真実だ」と言うならば、相当のマインドコントロールかと思ってしまいます。

私という者はどこどこまでも妄念の塊であり、死ぬまで阿弥陀様(南無阿弥陀仏)のお話を聞かせていただくだけなのです。※3

 

私はそう思います。

 

 

南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏

 

参考

※1

阿含経では鏡面王という人物が10人の盲人を集め、それぞれが鼻を曲がった轅、牙を杵、耳を箕、頭を鼎、背を丘阜、腹を壁、後ろ足を樹、膊(膝)を柱、跡(前足)を臼、尾を緪(綱)に例える話になっている。
大樓炭経も尾のたとえが蛇になっている他は長阿含経とほぼ同じである。

 

大般涅槃経では、衆盲各手以手触…衆盲不説象体亦非不説(衆盲各おの手を以て触る…衆盲象体を説かず亦(ま)た説かずとも非ず)などとの表現で、象が仏性の比喩として述べられている。
仏性は、仏以外の無明の衆生はもちろん十住の菩薩でさえも十分完全には知りえない仏教の究極の真理すなわち勝義である。
しかしながら、まったくの断善根であっても仏に成れる可能性があるとも説く。

(wikiより)

 

※2

親鸞聖人

唯信鈔文意
選択不思議の本願・無上智慧の尊号をききて、一念も疑ふこころなきを真実信心といふなり、金剛心ともなづく。

顕浄土真実行文類
智昇師の『集諸経礼懺儀』の下巻にいはく、「深心はすなはちこれ真実の信心なり。自身はこれ煩悩を具足せる凡夫、善根薄少にして三界に流転して火宅を出でずと信知す。いま弥陀の本弘誓願は、名号を称すること下至十声聞等に及ぶまで、さだめて往生を得しむと信知して、一念に至るに及ぶまで疑心あることなし。ゆゑに深心と名づく」と。

顕浄土真実信文類
かの『懺儀』によりて要文を鈔していはく、「二つには深心、すなはちこれ真実の信心なり。自身はこれ煩悩を具足せる凡夫、善根薄少にして三界に流転して火宅を出でずと信知す。いま弥陀の本弘誓願は、名号を称すること下至十声聞等に及ぶまで、さだめて往生を得しむと信知して、一念に至るに及ぶまで疑心あることなし。ゆゑに深心と名づくと。

・・・

まことに知んぬ、至心・信楽・欲生、その言異なりといへども、その意これ一つなり。なにをもつてのゆゑに、三心すでに疑蓋雑はることなし、ゆゑに真実の一心なり。これを金剛の真心と名づく。金剛の真心、これを真実の信心と名づく。真実の信心はかならず名号を具す。名号はかならずしも願力の信心を具せざるなり。このゆゑに論主(天親)、建めに「我一心」(浄土論 二九)とのたまへり。また「如彼名義欲如実修行相応故」(同 三三)とのたまへり。

 

※3

源信僧都

横川法語
またいはく、妄念はもとより凡夫の地体なり。妄念のほかに別に心はなきなり。

南無阿弥陀仏のお徳は分かるものではない

どうも最近の世の中はお念仏(阿弥陀様)のお徳についてあまり評価していないような気がしてなりません。

称名念仏の軽視や大行(阿弥陀様の行あるいは諸仏の行である称名)も働きを限定的に考えているような気がします。

お念仏の軽視については、高森顕徹会だけでなく世間一般的にも意味も調べずにただの呪文ぐらいにしか思っていない人がほとんどでしょう。

お釈迦様を始め七高僧方が言葉を尽くして阿弥陀様をそして称名念仏を讃談していらっしゃる内容は体験のない私には理解出来ないことが沢山あることでしょう。

分からないことは大したことが無いと勝手に判断するのは凡夫の性でしょうが、その感覚がそのまま時代と共に阿弥陀様を讃談しなくなる原因かもしれません。

 

結局、宗教的体験者が少なくなっていると思います。

いわゆる妙好人と呼ばれる方だけでなく僧籍にある人たちもあまり体験を語らなくなっていると思います。

宗教的体験者として七高僧方のお言葉をそのまま受け止められている方がいないのでしょう。

現実に親鸞聖人のお言葉でさえ矮小化している場合があります。

たとえば「地獄一定住処ぞかし」についてどれだけ深い認識から出ているのか、それとも単なる大げさな表現ととらえているのか議論がいろいろあるようです。

私が思うに我が身の罪深きことを本当に嘆き悲しみ己の行く末を案じたときとても救われるような者ではないと懺悔の涙されたところから出てくるお言葉であると受け止めています。

ところがそうでないと言う方も中にはいらっしゃるのですからあきれてしまいます。

同じ阿弥陀様から頂いた御信心についても人それぞれの味わいがありますが、妙好人の味わいと同じ味わいが出来ないからと言って同じ御信心ではないとは言えませんが、御信心を頂いたと思っているなら妙好人と同じ味わいが出来ないことに真宗門徒として恥ずかしいとか尊敬の念があるべきと思うのです。

それについても分からないからと言って矮小化することは本当に残念です。

 

称名念仏についても同じです。

比叡山では南無阿弥陀仏の称名は行の一つとして現在も行われています。

常行堂で行われているのがそれです。

悟りの為の行の大事な一つなのです。

ところが最近は真宗門徒でさえ余りお念仏を称えなくなりました。

本山ではさすがに良く聞こえていますが末寺のお寺ではどうでしょうか。

また、ネットの中でもお念仏を教学的な扱いをして行として敬っている感じがしない場合があります。

信前の称名の軽視がその典型です。

 

上記にも書きましたが高森顕徹会だけでなく教学的な観点か真宗の信心において信を重視する余り称名をどうしても軽視しているように感じるのは私だけでしょうか。

お念仏は最強の説法でもあり聞法でもあると私は思っています。

臨終間際の人に何を勧めるのか、お念仏しかありません。

「どうか称えてくれ、必ずたすける」このお心が「南無阿弥陀仏」です。

阿弥陀様の叫び声が南無阿弥陀仏になられているのです。

大行についても信前のお念仏は大行ではないと理由のないいわれから軽視するひとも多くいます。

これについては私の中で自力、他力があるだけで、私の口から出た時点で南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏であってそこに自力、他力の区別は意味が無くなります。

また、親鸞聖人は自力のお念仏は嫌われていますが、称名は大行とおっしゃっています。

これについては行巻を読めば一目瞭然です。

南無阿弥陀仏を判断する能力が本当にあるのか聞きたくなります。

南無阿弥陀仏の何を知っているのでしょうか。

 

地球の歴史、もっと言えば宇宙の時間軸のなかで、今、南無阿弥陀仏と人類が称えている人がどれだけいると思うのか。

そして数万年後には人類は滅亡し、南無阿弥陀仏を称える人はいなくなっているでしょう。

経典に依れば人類は退化していくと書かれています。

地球の生滅と共に一旦は滅亡するのか、一度滅亡した後また人類が発生してくるのかもしれませんが、次に人類が発生し進化して佛の出現と共に南無阿弥陀仏衆生の口から出てくるのはどれだけの時間が経過してからになるでしょうか。

それこそ弥勒菩薩は56億7千万年後です。

この地球が生まれ人類が生まれお釈迦様がお生まれになりようやく今お念仏が称えられるようになりましたが、一体どれだけの時間がかかったことでしょう。

そして、その時代に運良く生まれている私はなんと希有なことでしょう。

南無阿弥陀仏と人類が称えられる時間はほんの一瞬であり、その一瞬に生きている人類のほんの、本当にほんの一部が称えているだけなのです。

今、極難信の法に遇い称名出来る人は大いに幸せでしょう。

そうでなくてもどこからか流れてくる音として南無阿弥陀仏を聞く人もどれだけの人が聞くことが出来ていることか。

阿弥陀様のお気持ちに立ったらどんな形であれ衆生南無阿弥陀仏を届けたい一心しかありません。

そう思うに付け称名念仏の軽視は本当に残念です。

信心正因、称名報恩

これについてはその通りでしょうが、だからお念仏を軽視する理由にはなりません。

なぜなら南無阿弥陀仏によって私は救われていくのです。

三悪道に落ちるしか無い、そんな業しか作っていない私が南無阿弥陀仏によって救われていくのです。

信前、信後関係なく称えるべきです。

称えたものを私が聞くのです。

聞即信

南無阿弥陀仏を聞くのも聞です。

私はそう思います。

 

南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏

 

追加です。

当たり前のことですが自力念仏で信は獲られません。

また、大行の解釈と信心を同時に考えると石泉や空華などになってしまうと思います。

その例が自力の称念は大行で無いという判断です。

私は衆生の口から出たお念仏は、お念仏として衆生の毒に染まらない大行としての働きがあると見ています。

 

・・・参考・・・

御文章 五帖目十三通

それ、南無阿弥陀仏と申す文字は、その数わづかに六字なれば、さのみ功能のあるべきともおぼえざるに、この六字の名号のうちには無上甚深の功徳利益の広大なること、さらにそのきはまりなきものなり。

されば信心をとるといふも、この六字のうちにこもれりとしるべし。さらに別に信心とて六字のほかにはあるべからざるものなり。
 そもそも、この「南無阿弥陀仏」の六字を善導釈していはく、「南無といふは帰命なり、またこれ発願回向の義なり。阿弥陀仏といふはその行なり。この義をもつてのゆゑにかならず往生することを得」(玄義分)といへり。

しかればこの釈のこころをなにとこころうべきぞといふに、たとへばわれらごときの悪業煩悩の身なりといふとも、一念阿弥陀仏に帰命せば、かならずその機をしろしめしてたすけたまふべし。

それ帰命といふはすなはちたすけたまへと申すこころなり。

されば一念に弥陀をたのむ衆生に無上大利の功徳をあたへたまふを、発願回向とは申すなり。
この発願回向の大善大功徳をわれら衆生にあたへましますゆゑに、無始曠劫よりこのかたつくりおきたる悪業煩悩をば一時に消滅したまふゆゑに、われらが煩悩悪業はことごとくみな消えて、すでに正定聚不退転なんどいふ位に住すとはいふなり。

このゆゑに、南無阿弥陀仏の六字のすがたは、われらが極楽に往生すべきすがたをあらはせるなりと、いよいよしられたるものなり。

されば安心といふも、信心といふも、この名号の六字のこころをよくよくこころうるものを、他力の大信心をえたるひととはなづけたり。

かかる殊勝の道理あるがゆゑに、ふかく信じたてまつるべきものなり。

あなかしこ、あなかしこ。

自分の心の壁を乗り越える

宗教をやっていて思うのは、現代はあまりに偏見に満ちているということです。

カルト宗教と呼ばれるものだけでなく既存の宗教についても無批判に受け入れ信じている姿は愚か者に見えるのでしょう。

宗教に頼っている人は弱い人であり、また、愚か者という印象が否定出来ません。

過去に沢山の人と出会い別れて来ました。

私のことを理解してもらおうとしたこともありましたが、最近は半ば諦めています。

縁あれば話そうと思いますが積極的にこちらから宗教について話すことはありません。

そういう中でも縁あって話した人も結局疑いの眼でこちらを見てそれで終わってしまう人がいます。

残念だなと思う反面、心の壁は自分が作っているのだということがわかります。

こちらはニュートラルに接しようとするのですが、相手が騙されるものかと構えています。

それが本当に良く分かるのです。

「そうだよなー」と感じてしまいます。

「縁無き衆生は度し難き」と言われますが本当にそう思います。

自分に置き換えて見ればその通りなのですから。

 

偏見に凝り固まって頭ががんじがらめになっているのです。

大したことのない能力しかないのに自惚れて、また、臆病になって自分の殻に閉じ籠っているのです。

本当は誰かに頼りたいのに誰も信用していない哀れな存在が私の姿です。

常に何かに脅えてビクビクしている小さいものなのです。

そんなものをお天道さんの元へ引きずり出すのは大変なことです。

 

結局自分の問題なのだと思うのですが、とてつもない無力感を感じます。

 

翻って、阿弥陀様はそんな私を哀れんでご本願をお建てくださいました。

そのお陰でまず仏法に出遭うことが出来ました。

これが最初の壁です。

ここを乗り越えさせていただく事がどれだけ大変なのか本当にしみじみ思います。

それだけ迷いの深い世界に沈んでいると言うことです。

そして、阿弥陀様のご本願とのご縁により自分の心の壁を乗り越えさせて頂きました。

この不思議は不思議の中の不思議なのですが越えてみないと分からない世界です。

  いつつの不思議をとくなかに
  仏法不思議にしくぞなき
  仏法不思議といふことは
  弥陀の弘誓になづけたり
  親鸞聖人 高僧和讃

私が何か世界の全てを知っているわけではありません。

ただ、自分の心の壁に振り回されているのは今でも同じですが、少なくとも南無阿弥陀仏については越えさせて頂いたと思うのです。

南無阿弥陀仏による自由で平等な世界が本当にあるなんて思ってもみませんでした。

世間虚仮 唯仏是真

とても信じられる世界ではありません。

自力で分かる世界では無いのです。

すべて阿弥陀様から賜る世界なのです。

 

南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏

新年度

失礼しました。
書きかけの記事が何故かアップされました。
ご容赦下さい。

さて、仕事や学校の関係か日本の制度か4月は新しい年度の始まりとして気分が一心されます。
残念なことに武漢コロナも相変わらず消えることなく、今後はこの忌まわしいウィルスとの共存をしていかなければなりません。
そうは言っても春は桜が咲きほこり空気も温かく散歩などはいい気分になります。
人生は苦なりと言われますが、安らぐ一時は必要なものだと思います。
法話に関して言えばウイルス感染に注意しながら行えば特に問題が無いことが判りました。
これからはウイルス感染に注意しつつ開催していくことでしょう。

新年度の真新しい気分とは裏腹に世の中には常に無常の嵐が吹き荒れています。
それは私の周りでも同じです。
また、私自身にも起こっています。
そして、最後には我が身に必ず無常の現実が訪れてきます。
だからこそ気分新たに仏法に向かおうと思うのですが、根がずぼらですのでいつものように左の耳から右の耳へとすべてが流れていきます。(右から左が普通なのでしょうが逆は無いのでしょうか?つい考えてしまいます。)
それだけ自分の周りは何事もなく今は平穏なのでしょう。
後生の解決よりも今年一年の予定の方が大事なのですから。

今生の生き方は大事です。
生活が苦しいと仏法どころではありません。
また、仕事が楽しすぎたり忙しすぎるとまた聞くことが難しくなります。
あらゆるご縁が整って初めて聞かせていただくことが出来るのです。
そのご縁もすべて阿弥陀様がご用意されたものと私は頂いています。

そんなことは無い。
私は自分の意思で聞いていると思われるならそれはそれで良いでしょう。
しかし、そんな気持ちが本当にあるのかお聖経には逆のことが書かれています。
※参照

いずれにしてもたまたま阿弥陀様とのご縁を頂いたのです。
ずぼらな私もせめてお念仏だけは忘れずに称えさせていただくようにしたいと思います。
とりあえず書いてはみましたが、しばらくするとみな忘れて煩悩のなせるままに生きるのだろうな。

残念、斬り!!

南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏



一一光明 遍照十方世界 念仏衆生摂取不捨。
一々の光明は、あまねく十方世界を照らし、念仏の衆生を摂取して捨てたまはず。
観無量寿経

十方微塵世界の 念仏の衆生をみそなはし
摂取してすてざれば 阿弥陀となづけたてまつる
浄土和讃

問ひていはく、なんがゆゑぞ阿弥陀と号(なづ)けたてまつる。
答へていはく、『弥陀経』および『観経』にのたまはく、「かの仏の光明は無量にして十方国を照らすに障礙するところなし」
ただ念仏の衆生を観(み)そなはして、摂取して捨てたまはざるがゆゑに阿弥陀と名づけたてまつる。
(往生礼讃)

摂取
如来の光明の中に摂め取られること。
高田専修寺蔵国宝本の左訓には「摂めとる。ひとたびとりて永く捨てぬなり。摂はものの逃ぐるを追はへとるなり。摂はをさめとる、取は迎へとる
(オサメトル ヒトタヒトリテナカクステヌナリ セフハモノヽニクルヲオワエトルナリ セフハオサメトル シユハムカエトル)」
(註釈版571頁)