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とくよしみねの「なぜ生きる」

「私はなぜ生きるのか、何のために生まれてきたのか、どこに向かっているのか、そして、どう生きるべきなのか」これらの問題について仏教および浄土真宗を基に気ままに思いつくまま書きます。  mail:aim_in_life(アットマーク)hotmail.co.jp

人生はすべて必然か

オウム事件があってから20年を迎えTV特別番組や新聞特集記事などが出ている。

事件はなぜ起きたのか。すべて必然なのか・・・。起きてから考えると必然としか思えない。

では、今自分が考え行動していることは自分では気がついていないが必然なのか。

すべての行為は、必然でもあり必然でもないと思う。つまり両方あるのではないかということである。

お釈迦様は、いろいろな予言をされている。たとえばダイバダッタは今度生まれるときは仏となると。

ダイバダッタの仏になることは間違いないことだろうが、そこにいろいろな人の意思や行為などが働きかけられても大きな宿業とは比較が出来ないのかもしれない。それほど宿業による結果は大変なものなのかもしれない。

では、今私が私の意思でいろいろな行為を行っているが、それによる影響は有るのかと言うことである。それは何度も何度も繰り返すことによって私の人生を少しずつ変えていくのではないだろうか。

だからどんなことがあろうとあきらめずに働きかけ続けることが大事だと思うのである。

大きな出来事に変わりはないが、私の意思による行為は何度も何度も繰り返しているうちに人生の出来事に影響するのではないかと。

南無阿弥陀仏とご縁の浅い人や深い人など様々な人がいるということはそういうことなのではないか。そして私が今、南無阿弥陀仏を称えることが出来るまでにも、永遠に近い働きかけが無ければ今称えさせてもらうことは出来ないのだ。

 

南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏